気ままにおしゃべり

ミニエッセイ

津村くんの置き土産:2015/6/17〜

<津村からのメッセージ>

2015~2016
6/17
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1年経過した
まだピンとこない!
ずいぶ昔のことにも思える!


「序」

ツムラくんとの1年8ヶ月を書いた
2015/5/9がラストライブになった

強めの痛み止め注射を打って来た事が判明
バンマスが「食べられない」のが心配と言っていた
最近積極的にライブで演奏している
「疲れが出たんじゃないかなあ!」
休養すれば回復すると信じた!
〜ブログより〜

この1ヶ月後に亡くなった
時間はかかってもいずれ治るのではないか!
演奏するたびにそんな期待が生まれた!

「痛み止めを打ってライブにやって来た」
この事の意味がじわじわと頭の中で廻り出した

「ぐるぐる廻り出したモノ」
これこそが”ツムラからのプレゼント”に違いない

長くなりそうだ!
少しずつ書く事にした

「痛み」

ツムラの痛みはどれほどだったのだろうか?
ライブ当日は一言も言わなかった
痛み止めはかなり強いモノだった
(戦争映画等でよく耳にした)

過去に3回「痛み」の経験がある

1.骨折
中学生だった
スネを骨折
骨接ぎ道場に行った
羽交い締めにされた
口にタオル
「喰いしばれ!」
麻酔なしだった!

2.虫歯
九州ツアー中だった
ライブ終了後に激痛
痛みは脳天を突き破る
主催者が歯医者に連れて行ってくれた
(夜中に診察してくれた)
親不知と奥歯が接触
そこが虫歯だった
「こりゃ痛かっただろう!」
応急処置してもらった

3.石
夜中に突然激痛が走った
何処が痛いのか判らない
痛みで吐き気がした
トイレに座る
真っ赤なオシッコ!
ビビった!
「突然ガンだろうか!」
イスに座る
益々激痛!
片足をあげた
ちょっと楽になった
しばらくすると突然痛みが和らいだ
後日
経験者の話から「尿道結石」と判明した

こんな時痛み止め打って演奏に行こうなんて思わない
幸い3つとも激痛は短時間で和らいだ
ツムラの痛みは継続的な痛みと想像出来る
通常なら演奏を休むだろう
それでもやって来た!
この時の「ツムラにとっての演奏」の意味を考えてみる

真に「演奏する事」が必要だったに違いない!

演奏する事の意味を考えはじめた

長年演奏活動を続けてくる事が出来た
聴いてくれる人(お客さん)
場所を提供してくれる人(お店や主催者)
この方達の存在なくしては成り立たない

「お客さん」

お客さんにとっての演奏(音楽)の意味は人の数だけある
多くの方は残念ながら話をする機会がないままである
そんな中ごく一部ではあるがお会いした方を考えてみる
音楽(演奏)を聴くことが必要だったのだろう
(残念ながら亡くなった方)

「ナカノ氏」

福岡で知り合った
「どんなミュージシャンよりもライブの数多いと思うよ」
このように紹介された
「生のジャズライブが楽しいです」
「スバラシイ!ウラヤマシイです!」
「お話し出来てウレシイです」
「次の熊本のライブも行きますよ」
熊本に来てくれた
帰りは福岡までクルマで一緒に帰った
バカ話で盛り上がった
「来年はもっと盛り上がりましょう!」
「ハイ!ウレシイです!」
知り合ったのが12月
半年後に亡くなった
その年熊本からの帰り道
立ち寄ったドライブイン
ナカノ氏と盛り上がったドライブインだった!

「鎌ヶ谷大仏」

鎌ヶ谷の病院で闘病中だった
持病の心臓が悪化していた
風貌からそう呼んでいた
”会いたい”との事でお見舞いに行った
自分の状況を知っていたのかも知れない
「病院での仕事とっといたよ」
「?ここで演奏するの?」
「ヨロシクね!ギャラはちゃんと払うよ!」
病院のフロアで演奏した
本人は病室のドアを開けっ放しに聴いてくれた
「聴こえた?」
「ちゃんと聴いたよ!ありがとう!」
その後直ぐに亡くなった

鎌ケ谷大仏にとって音楽(演奏)が必要だったに違いない!

「エジマ氏」

北九州でお店をやっていた
画家だった
何回か演奏させて頂いた
末期がんの連絡
ちょうど九州に行く予定を調整中だった
「じゃあライブは無理かな」
「もしライブがあったら病院抜け出して聴きに行くよ!」
店で知り合ったご夫婦から伝言を聞いた
結局ライブは無理と言う事になった
しばらくして亡くなったと言う連絡が入った

後になって思う
”もしライブがあったら”
エジマ氏が病院を抜け出して来てくれる
何と言おうか?
エジマ氏の前で演奏する事になる
「ヨカッタよ!」
その一言が聞ければイイ!

「佐々井くん」

学生時代の”後輩”になる
201312/6 仙台で再会した
何十年ぶりだろうか!
一緒に演奏する事になった
Gtのウツミくんがセットしてくれた
「佐々井さんは難病なんです」
この病気は先に希望が持てないらしい
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曲はマイファニーバレンタイン
病気の症状が出始めた時期のようだ
それでも1音1音!
何故か演奏しながら泣けてくる!

この日が最後の出会いになった

病状が悪化しながらもピアノを弾き続けた
2015年演奏活動をヤメると言う情報が入った
そして亡くなった

体が徐々に体が動かなくなる難病だった
動く限り演奏したかっただろう
真に音楽(演奏)が必要だった1人である!

”ツムラの置き土産”に通じる

訃報

6月以降訃報が続く
特に7月音楽関係者の訃報が相次いだ
日本のジャズに貢献してくれた方がだった
自分自身もいつになるか判らない
益々”ツムラの置き土産”が重要になる

お店と主催者

演奏が必要なミュージシャンとお客さん
これを結ぶのがお店であり主催者になる

いろいろな土地・お店で演奏させて頂いた
残念ながら閉店したお店も多い

もっと残念なのは亡くなった主催者の方々
高岡さん (先代エアジン/横浜) 
佐藤さん (リメンバー/福岡) 
姫野さん (先代ルーレット/久留米) 
工藤さん (プリンセス/五所川原)
有田さん (先代コンボ/福岡) 
ヒロシさん(オーム/小岩)
須田さん (りぶる/市川)
ナベさん (羅古/宇佐)
岡田さん (先代スワン/新所沢)
斉藤さん (そのか/目黒)
ナリタさん(ナル/お茶の水)

この方々に共通している事
「頑固」
「こだわり」
(最初はコワかった!)
半端は許されない!
バンドもお客さんもよく怒られた!
それでも(だから)バンドもお客も集まって来た
そして
「優しさ」
怒られた後は一緒に吞んだり食べたり!
いろいろな話で盛り上がった!

バンド=お店+お客
お客 =お店+バンド
お店 =お客+バンド

それぞれに鍛えられて成長して行く!

<共演者たち>
As 
菊池秀行 
TS 
国安良夫 武田和命 森太郎 臼庭潤
松本英彦 井上淑彦 小田切一己   
Tp 
Freddie Hubbard
Tb 
板谷博
Vib
松石和宏 杉浦良三
P 
本田竹曠 大野三平 Hank Jones 
小山大宣 大給桜子
Gt 
アミーゴ川上 大出元信 
松尾良一 津村和彦
Ds 
藤沢博延 中山正治 古澤良治郎 
渡辺雅介 ヤス岡山 ジョージ川口   
セシルモンロー Elvin Jones 呉在秀
Vo 
上野尊子 浅川マキ 三崎ともやす(紋通庵)   
森山浩二 沖山秀子 野瀬美代子 峰純子 
Wb 
川端民夫 是安則克 横山涼一 山元恭介
金井英人 吉沢元治 原田政長 鈴木健  
萩原栄治郎 阿久津泰久 岡田勉 嶋友行
<敬称略>

共演者だけでもこれだけの方が亡くなった
なんだか多いなあ!
しかも多くは還暦前に亡くなっている

「音楽の証」

一人一人を思い出す
演奏する姿が蘇る
笑顔の会話を思い出す
一音一音を思い出す

「彼奴&彼処」/ブログメニューにある
久しぶりに読み返した
まだまだ書くべく人達が残っている

「森山浩二」

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”パピプ” なスキャット

P 寺下が突然
『おう!コーチャン見つけたよ!』
『引っ張りだすからヨロシクな!』
「??」

Jazzを始めたばかりの頃(1970年代)
Vo /森山浩二はジャズ界の大スターだった!
当時のスイングジャーナル人気投票では常に上位だった
当時は残念ながら名前も存在も知らなかった

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名盤!

「コーチャンさあ」
「自分の演ってることがイヤになっちゃってさあ」
「どっかに消えちゃってったんだよね」
「やっと見つけたんだよ!」
「引っ張り出すからヨロシクな!」
「??」
「ゴキゲンなVoだよ」
「歌わなきゃダメだよ!」

Pf:寺下がアツく語った!

恵比寿に寺下の知り合いの店
「モンドリアン」があった
マスターもGtの弾き語り
コーチャンとは昔からの音楽仲間という事もわかった
「Vo 東郷輝久」「P 本田竹曠」さん達も仲間だった

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森山浩二/寺下誠/山崎弘一
「モンドリアン」
月一ライブが始まった

今までに全く会った事がないタイプのミュージシャンだった
ドキドキものだ!
”旧き良き時代のミュージカル映画スター” というのが第一印象だ
スキャット/コンガ/タップ
ゴキゲンらしい!
(寺下が一緒にやってるのだからコワい人じゃないだろう)

演奏が始まった途端全てがぶっ飛んだ!
スィング!グルーヴ!
スキャットはコンガのようだ!
「パパピープペポペポ」
ハスキーボイスのバラードは泣ける!

やがて若い女の子が毎回のように現れた
ステージで一曲歌うようになる
東郷先生の生徒だった”クラチ”だ
まだVoデビューする前だ
現在クラチとはよく一緒に演奏する
クラチのレパートリーにはこの
「モンドリアン」
におけるコーチャンとマスターの曲がいくつか含まれている
ここでの経験がコク反映されていると思われる

モンドリアンが店の都合で盛岡に移転する事になった
単発で演奏する場はあったが定期的にやる場所がなくなった

ある日コーチャンが
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『オレの作品もらってよ』

再びコーチャンがいなくなった

寺下から連絡があった
『コーチャン ハワイにいるらしいぞ!』
再び寺下から連絡があった
『コーチャン ハワイで亡くなったらしいぞ!』

追伸
森山浩二には三枚のレコードがある
このようなミュージシャンがいた事を是非とも伝えたい

<追加情報>

Vo 清水アスカから久しぶりに連絡が着た
森山浩二に関しての情報だった
今となってはウレシイ情報だ!
(一部編集して追加)
ご無沙汰をしています
お元気そうで嬉しいです
寺さんに宜しく、、お伝えくださいね
あの頃下手な私に良くサムタイムや旅や色々お仕事を頂きました

寺さんの言っている事は私には理解不能で、、、、
通訳もいないので困りました! 
あとあと森山浩二さんが分かりやすく、、
良く通訳してくれましたっけ!(笑)

浩二さんは二コルさんと
ハワイで暮らして幸せそうでしたね
何回か電話がかかってきました
当時私はルームメートがいました
3人で公園に行ったり泊まりに来てくれて
朝まで話していた事が懐かしいです

「ハワイは1年中Tシャツ短パンで色気もなにもないなぁ、、」
「主婦をしてるよ」
「帰ったらあすかの歌伴してあげるから、、、」
なんて言ってくれました
ピア二カでかしら?

そして、、、最後は
「癌になったよ、、、」 、、、って!

終電で偶然寺さんに会ったら
「浩二が死んじゃったんだよ!」 
とホームでハグしながら泣いていました
相当せつなかったのでしょうね

みんな辛いです。。。
 
ではお元気でplayしてくださいね!

〜清水アスカ〜

アスカへ

情報ありがとう!
ハワイのコーチャンは全く未知でした
Tシャツ/短パンでの「パピプ」なコーチャンの
笑い顔が想像できます!
また何かあったら教えて下さい

K.Yamazaki

益々廻りだす!

ツムラとの出会いは30年以上前になる
彼と同年代のミュージシャンとよく共演した
(自分より5歳くらい下かな)
ジャズというよりはロックに近いノリだった
声だして時には踊りながら演奏していた
酒はメチャ弱い
一杯ですぐ寝ちゃう
当時自分はよく呑んだので馬鹿にした思い出がある

その後忙しくなった(自分が)
バブル期でもある
仕事が増えた!
何と行っても当時はベースが少なかった
美味しい仕事にいくベースのおこぼれが増えたのだった!

共演機会が減った
たまにセッションで会うぐらいだった
再び共演機会が増えて来た
ツムラの表現(演奏)に変化を感じた
この変化は自分にとってウレシイ変化だった!

2004/6/1
アケタの店30周年

ツムラのGtが必要だった
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コーラス入り
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高橋知己:Ts
後藤篤 :Tb
津村和彦:Gt
米田正義:Pf
山崎弘一:Wb
亀山賢一:Ds
コーラス
倉地恵子 
矢野眞道 
橋本麻理子

コーラス入りのライブが実現した!
ぜひともツムラに参加して欲しかった
当時A.C.Jobimの作品にチャレンジしていた
橋本麻理子が
「マッコイのならコーラスの譜面あるよ」
「じゃあジョビンとマッコイ演ろう!」
ツムラもフィーチャーできる!

このライブの10日前にE.Jonesが亡くなった
トモキと相談して”Mr.Jones"を演奏した
この日はシマダに録音をお願いした
ツムラの演奏が残った!
(何とか記録に残したい名演!)

10年後の40周年もこのメンバーで演りたい!

この記事の続きを書き始めた直後
2015/8/28
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”橋本麻理子”が亡くなった
くも膜下との事だ
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詳細:「麻里ちゃんのお葬式」に書いた

麻里ちゃんは活動の幅が広かった
特にVoやコーラスの為に頑張っていた
従って麻里ちゃんを信頼した人も多い
またお客さんも大事にした
もちろんピアニストである
自分の音楽に向かっている途中だっただろう

真に音楽(演奏)が必要だった一人である!

このアケタの店30周年以降共演回数が減った
ツムラが数多くのバンドに参加していた
トモキ4のメンバーとしても忙しかった

たまに一緒になったある時
弦楽器同士の会話になった
そんな難しい話ではない
「音ってさあ!掴むもんだよね!」

その後また一緒になった時
「この前のはなしさあ!」
「?」
「ああ!掴む話?」
「そう!もの凄く意識してるよ!」

ツムラは実践していた
自分よりもちゃんと音に現れていた
(こういう風に表現したいんだよ!)
間違ってなかった!
ウレシイ!
(頑張らなくては!)

そして2013/11/3になる


津村和彦<2013/11/3〜2015/6/17>

2013/11/3「Jolly Jaive」

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「立川の店でライブ出来る?」
「その日柏にいるんだよ」
「間に合うかなあ?」
「もし出来るんだったら時間気にしなくていいよ」

トモキから話は聞いていた
「ツムラ声でないんだよ」
「セキもあるし風邪みたいだよ」
「風邪だったらけっこうキツい風邪だろうね」

Live

個人的なイイ演奏(音)の定義がある
お店の空間に広がった音が見える時にイイ音を感じる!
特に生音ほどそれを感じる事が出来る
As Gt Ds の音が心地よく店の空間に響き渡った!

Take5
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DSとGtの掛け合い!シビレタ!

マスタ− :タクちゃんカッコ良かったよ!
タクちゃん:何を仰る!

After

オツカレ!
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みんなイイ笑顔!
いいライブの定義に当てはまる!

1年8ヶ月前だとちょうどこの頃になる
この時病気を知っていたかは判らない
”いいライブ”であったのは間違いない!

2014/5/4「アケタの店」

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40周年ライブは30周年と同メンバーでやろうと決めた
その時点でGt:津村は闘病中だった
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「5/4に来れるようであれば参加して欲しい」
「Gtのスペースは空けておくよ!」
「イイ企画だね!」
「イケるか判らないけど手帳に書いとくよ」
メールのやり取りをした
5/3(前日)
「明日来れる様だったらヨロシクね」
メールを送信
そのまま演奏に出かけた
帰宅してメールチェック
「明日行きます」
「足手まといになりますがよろしくお願いいたします」
!!
明日津村が参加!
興奮して眠れなくなった!

<リハ>

17時頃からリハ
大人数である
シマダが手際よくマイクのセッティング
準備完了!
この時点で津村はまだ来ない
ちょっと不安が走る
体調が良くないのだろうか
表に出る
津村がやって来た
(ホッとした!)
「大丈夫かね?」
「大丈夫だよ!」
「そんなら全曲演ってもらうよ!」
「リハなしだからお任せだね」
「好きなように演って!」

<Live>

.Hymn to Freedom:O.ピーターソン

4日前にライブ終了後この曲が流れた
タイトルなんだったっけ?
「Hymn to Freedom」
だった
何故かピンと来た!
(もしツムラが来たらこの曲やろう!)
(短くサラッとデュオでやって次の曲に繋げよう!)
次の曲も"Freedom"

ベースでテーマを弾きだす
途中からGtが入って来た
これが何とも心地よい
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Gtソロになる
2コーラスの予定だった
一瞬Gtがソロを終わりかける
(そのように打ち合わせした)
しかし終わりたくなかった!
再びGtソロ
その後ベースソロ
予定より長くなった
その間メンバーは全員ステージで次の曲の準備
しかし全くそんな事も忘れていた
(スンマセーン!)
メドレーのはずが1曲になってしまった
(ゴメン!しょうがないよね

Travessia:ミルトンナシメント

30周年のエンディング曲
トラベシアは”橋”
40周年につづく”架け橋”を願って選曲した
今度は50周年に向かっての”架け橋”

ご挨拶
「アケタ!40周年オメデトウ!」
「50周年大丈夫か!」
「ガンバリマス!ガンバリマしょう!」
「ツムラくん!アリガトー!」

”打ち上げ”

ミュージシャンもツムラくんのお祝いに駆けつけてくれた

「ツムラくんからのメール」

ありがとうございました(^∇^)
術後はじめて演奏するので心配でした
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最後はギリギリでした。(^^;;

次回このメンバーで50周年!
2024年になる
「大丈夫か?」
トモキ&カメさん 私&アケタ
ツムラは全く心配ない!

2014/8/31「アケタの店」

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<8/31 アケタの店>
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5/4:アケタの店40周年
ツムラくんの復活ライブでもあった
この時のメンバーが集合
ツムラくんは既にライブ活動を開始
再び一緒に演ることになった!
5/4の余韻もあるのでウレシイ!

ひつじレポートより
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◆ 真珠採りの歌
ビゼーのオペラ/ Les Pecheurs de Perles」
「耳に残るは君の歌声」
ヨネさんが曲をアレンジして来た
「ツムラをフィーチャーしましょう」
「イーですねー!」

◆ Our Spanish Love Song
前半のギターソロが泣かせる
長く自己のバンドで津村さんと組んで来たトモキさんの
テナーがそれを受けて演奏を盛り上げた

◆ Nuovo Cinema Paradiso
ギターのイントロで始まった
津村さんのギターの音色には独特の柔らかい爪があって
一音一音が聴き手の心の襞々にくい込み
ぎゅっと鷲掴みにして放さない
そういう演奏のすばらしさを
クリアに再確認させてくれる演目でもあった

◆ First Song For Ruth
ギターのイントロが
歌でいうバースのようにゆったりと演奏され
その後は4ビートによるテナーのテーマに手渡された

◆ Moon Song
今回の10曲のどの選曲においても
バンドメンバーの
<津村さん復帰への深い喜び>
の溢れているのが分かる
切ないテーマがギターによく似合っている

◆ The Dry Cleaner From Des Moines
津村さんも表情豊かに入魂のギターアドリブ!
客席から野太い男性客の感嘆が漏れ 
大きな拍手があがる

”Solamente Una Vez”
ヨネさんフィーチャー
イントロを弾きだす
メンバー皆の目が点になった!
その瞬間のツムラの顔が忘れられない!
最初の思惑と違ったが演奏した
最後にヨネさんが見事に着地した!
メンバー全員拍手した!
その瞬間のツムラの顔が忘れられない!
笑顔全開で拍手していた!

津村応援団
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打ち上げでツムラの現状を知った
奥さんの食事療法効果が素晴らしい!

「また演ろうよ」
「もちろんヨロシク!」
「体力回復の事もあるでしょ」
「まずは春夏秋冬にやろうか」
「最近春夏秋冬が判らなくなってるけどね」
「まずは冬に演りましょう」
「連絡するよ」

2014/12/16「アケタの店」

ひつじレポートより(抜粋)

開演30分前に店内に着くと、
メンバーはリハでの最終確認を
しているところだったようで、
会場内にはすごい熱気がみなぎっていた。
ゲストは津村和彦g氏、楠本卓司ds氏のご両人
どんなライヴになるんだろう……と息を呑んだ。

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◆ The Moon Song
ギターによるイントロとテーマ演奏 アドリブ
ベースとドラムスのブラシがそれに溶け込んで寄り添い
やがてピアノがそっと滑り込むように参入
そして絶妙なタイミングでテナーがソロを引き継ぐ
ピアノとベースも続いて静かで深いソロを披露した
ギターの参加で全体の演奏に清涼感が増したような思いがした

◆ Body & Soul
前半後半のギターピアノのデュオが光っていた
その掛け合いの口調も間合いも熱くロマンティック!
バンド全体での躍動感ある演奏が中盤に置かれたことで
流れにコントラストが際立ち稀なる
<Body & Soul>
をカタチ創っていた

◆ First Song For Ruth

トリオによる演奏
静かにギターのイントロからテーマソロへ
津村さんの奏でる音色が美しい曲をさらに美しくして泣かせる
ピアノアドリブは曲調に軽みを持たせ
楽曲の美しさにふくよかさを加味していた
支柱にブレのないベースアドリブは
聴き手が自らの心の内を見つめないではいられなくなるような
深い響きを呈していた

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この頃ツムラは現場復帰!
休んでいたライブで演奏するようになった
ウレシイ!
ただ話を聞くとやはり大変なようだ
新しい治療や食事療法
典さんの努力と協力が心強い!
演奏を聴くと”治るかも知れない”と期待させてくれる!


2015/4/21「アケタの店」

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津村の頬がふっくらして来たようだ!
調子も良さそうだ!
ウレシイ!
レギュラーメンバーとしてお願い出来そうだ
この日がスタートになる
体調の事もある
しばらくは春夏秋冬のペースになる

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店に到着

何やら店の中がゴチャゴチャしている
カマクラ氏/花巻が撮影と録音準備
後日DVDにしてくれる
この日の記録になる
アリガタイ!

2015/5/9「ジャズイズ」

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2015/1/16
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タムラくんとツムラくん
バンマスはミーコ先生/Vo
(女医さんでもある)
バンマスの診断は”経過良好”
ウレシイ!

タムラくんが”Django”を選曲
3人でチャレンジした

2015/5/9
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1月のメンバーが再び揃った
津村は典さんの運転でやって来た
頬がよりふっくら見えた
喋りもより積極的に思える
これはいい兆しに違いない!

今度は津村が”Django"をリクエスト
前回よりパワーアップ!
ウレシイ!

タムラくんの知り合いのオジさんVoがいる
オジさんのCDをタムラくんがプロデュース
この3人でバックを努めた
幻のCDとして有名だ!(知る人は少ない)

After

典さんとバンマスが話し込んでいる
専門用語もまじっている
内容はよく判らない
「あまり食べられないんだ」
津村の言葉が聞えて来た

後日
強めの痛み止め注射を打って来た事が判明
バンマスが「食べられない」のが心配と言っていた
最近積極的にライブで演奏している
「疲れが出たんじゃないかなあ!」
休養すれば回復すると信じた!

夏のアケタライブは様子をみてから決める事にした

(ツムラとのラストライブになった)
2015/6/6

ライブ終了後連絡があった
「ツムラが入院したの知ってる?」
草野氏/ライフタイムからだった
「えっ!知らなかった!」

ギターの津村和彦ですが、
皆さんの温かい対応に助けられ、
先週まで演奏を続けて参りましたが、
肺炎をおこしてしまい
昨晩より緊急入院になってしまいました。
近日中のライブの予定に関わる皆様には
順次ご連絡させて頂きますが、
少し先のスケジュールに関しては
もう少しお時間を頂いた上で判断させて下さい。
様々な統合医療にて治療を続けながら演奏も頑張ってきましたが、
しばらくの間は治療にウェイトを置く事になりそうです。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、
完全復帰までどうか
もう暫く温かく見守っていて下さい。

津村 典子
2015/6/17

本日 亡くなりました
本当に残念です!
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病気発覚後1年8ヶ月

まだまだ演奏したかっただろうし、させてあげたかった
子ども達の成長もまだまだ見届けたかったろうし、見届けさせてあげたかった
厳しい食道がんの手術にも負けず
転移にもへこたれず
ありとあらゆる治療にも前向きに取り組み
拳大より大きく育ったがん細胞と痛みを抱えながら、なお
魂の演奏を続けてきた津村和彦ですが
本日6月17日11時25分
大好きな自宅にて
肉体から離れて逝きました
苦しまず
安らかに
愛する家族に囲まれて
旅立ちました
今まで様々な形で応援して下さった皆さん
一緒に演奏を続けてきて下さったミュージシャンの皆さん
本当にありがとうございます
津村に代わって感謝申し上げます

津村典子

津村との付き合いは30年以上になる
プレーはもちろん
ヘアースタイル&ヘアカラーでも楽しませてもらった!
(彼のこだわりに関しては未知である)
想い出(エピソード)はたくさんある

6/20:お通夜
6/21:告別式

葬儀に参列した
今だに実感がない!

ブログを読み返してみた
津村が挑んだ2015/6/17に至る1年8ヶ月
思い起こせばいくつか節目にあたる
再度一部をアップする事にした(抜粋)

「津村からのプレゼント」

今はまだ気持ちが動揺している
落ち着いたらアップする
(4/21の映像も観たい)

「津村!ありがとう!」
2015/7/1
〜典子さんF.B.より〜

ギタリスト、津村和彦が亡くなり丁度2週間が経ちました。
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今日も雨、あの日も雨でした。
雨の中びしょ濡れになりながら自転車を飛ばして帰ってきた息子が、
すでに息を引き取った後の父親に対面した瞬間が忘れられません。
兄が帰ってくるまで、がんばれ、もう少しで帰ってくるから、父ちゃんがんばれ!
と冷たくなりつつある手足をさすってくれた娘のことも忘れられません。

失ったものは果てしなく大きいけれど、
たくさんのものも残していってくれた父ちゃんの死でした。

葬儀の翌々日からしっかりと学校や部活にもいく子ども達は逞しいです。
母にはむせるような悲しさが何気ない日常に突然やってきますが、
料理しながら涙している母の肩をポンポンとたたいてくれる息子や、
一緒の部屋にやってきて寝始める娘のささいなやさしさに、
日々助けられています。

こうやって Life goes on..... 少しずつ乗り越えていくのでしょう。

お通夜、お葬式と参列下さった皆様、本当にありがとうございました。
心より御礼申し上げます。

600名近い皆さんに見送られて本当に幸せ者でした。
そして皆さんのそれぞれの想いが溢れる中、
私達家族はたくさんのエールをいただきました。
今後の人生での大きな力になります。

葬儀後も日々気にかけてくださる皆さんのお陰で、
泣いてばかりもいられません。
今晩も追悼ライブにお邪魔してきます。

少しずつ、お世話になった皆さんに
時間をかけてご挨拶に伺うつもりでおります。


6/17から3ヶ月以上が経過した
随分前の気もする
8/28のショックも加わった

”ツムラの置き土産”がドンドン膨らんで行く
ブログが止まらない!

「最新報告」
11/26/27/28
鹿児島・高鍋・宮崎に行って来た
コレヤスを連れて行った
3カ所とも”ツムラ””コレヤス”は
彼らの中で生きていた!

ウレシイ!

詳細は後ほどご報告

<Tsumura & VOLVO>

4年位前になる
アケタのライブの日だった
店の駐車場に行くと車が止まっていた
あれ?何と言う車だろう?
よく見るとボルボのエンブレム
しかしボルボにしてはちょっと小さいサイズだ
ボルボと言えば 240/940/850
四角いロングサイズのステーションワゴン
乗ってみたいクルマだった!
当然値段も維持費も高いので乗る事はないだろう!

店に戻るとツムラのクルマである事が判明した
ツムラと言えば”シトロエン”
クルマ好きなのも知っていた
「こんなボルボあるの?」
「あるんだよ!イイでしょ!」
「中古だけどボルボは安くてイイのがあるよ」

まあ乗る事はないだろうけど気にはなっていた
ちょっとネットで調べたりもしてみた
買えないけど調べたりするのはそれなりに楽しい!
1台のボルボに出会った
(ウソでしょ!こんな安い訳がない!)

「このボルボはレギュラーガソリンでいいんだよ」
「本当に?」
ネットで調べてみた
確かにレギュラーガソリン仕様と書いてあった

そのとき乗っていたクルマは10年越えになった
もちろん何の問題もなく良く走る!
車検が近づいた
見つけたクルマは車検付き
思いきって購入する事にした
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ボルボがやって来た

初外車
初3ナンバー
今までで1番高い(新車なら)
今までで1番安く購入

横浜でツムラと一緒だった
濃いグリーン(ツムラ号)
濃いブルー
どちらもイイ色だ!

「イーデザインでしょ!」
「このエンジン音が好きなんだよね!」
「ハイオクじゃなくてレギュラーでイイんだよ」
「自分で相当いじったよ」
(自分は無理だな)
ボルボ談義が楽しい時期でもあった!

いろいろ教わった

その後ツムラの病気が発覚した
ボルボはノリ子さんが運転するようになった

葬儀場の駐車場にツムラのボルボが停まっていた
ちょっと胸が苦しくなった!

〜つづく〜
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